骨太の研究者を育てる豊かな土壌に感謝

東北大学 大学院 生命科学研究科

田中 良和
教授TANAKA Yoshikazu

研究課題
  • クライオ電顕を用いた構造生物学研究
採用年度 2008年度
応募者安堵の受け入れ態勢
型にはまらない二次審査

 東北大学で博士号を取得した私は、2004年からX線結晶構造解析に強い北海道大学大学院理学研究科に研究員として所属しました。その後お世話になった東北大学の指導教員の先生が東京大学で新しくラボを立ち上げることになり、そこでポスドクをしていたところに北大時代の部局の先生から「北大で新しくテニュアトラック事業が始まることになった。すごくいいシステムだからチャレンジしてみては?」と声をかけてもらいました。

 私が応募した2007年当時は日本各地の大学でテニュア事業が始まったばかり。うわさでは「テニュアのポストをめぐって熾烈な競争が待っているはず。よほど自信がないと応募できないのでは?」という声も聞こえてきましたが、「テニュア期間後のテニュアポストは担保されている」と説明を受けていたため臆することなく応募し、2008年の一期生に採用されました。

「何のためにこんなことを?」
多彩な課題にとまどったことも

 北大のテニュアトラック事業の第一期だったということもあるかもしれませんが、採用後に一番とまどったことは、我々テニュアトラック教員に与えられる課題の幅広さです。助教である我々若手に実際に授業を担当させるのにも驚きましたが、それ以外にも国際シンポジウムの企画や北大総長への提言など、思ってもいなかった課題が次々と下りてくる。「一体何のためにこんなことを?」と当時は半信半疑でしたが、今思えば、将来的に必要な経験値を高めてくれたと思います。

 当時L-Stationがあった創成研究機構の近隣の研究室には、我々よりも少しシニアでPIとして研究室を運営している先生方がいて、その姿も大変参考になりました。研究実績のみを追いかける成果主義に陥らず、我々を自立した研究者にしようとあらゆる角度から育てようとしてくれた。それが北大テニュアトラック事業の最大の特徴だったと思います。

優秀な仲間と切磋琢磨し
骨太の研究者へと成長

 テニュアトラック期間終了後は北大大学院先端生命科学研究院の准教授になり、科学技術振興機構さきがけも兼任しましたが、そこに応募しようと思ったのもテニュアトラック時代のメンバーにさきがけ採用者が多かったから。皆さんからお話をうかがううちに「いつか自分も!」というモチベーションが高まっていったからです。また同期の1人が「エクセレント・ティーチャー」に選ばれたのを知り、自分も教育により力を入れるなど、身近な目標となってくれる優秀な仲間からおおいに刺激を受けたテニュアトラック時代でした。

 後年になり、各大学のテニュアトラック事業の話を聞く機会もありましたが、総じて北大ほどうまく機能しているところは他にないのではないかという印象です。その大きな要因は採用者全員に採用期間後のポストを担保し、「頑張れば、テニュア職に着任できる」という信頼感を醸成できたからなのではないかと思います。

2021年1月取材